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「ただのいい人」は勝てない。サッカー日本代表・森保監督のマネジメントに潜む“腹黒さ”の正体
日本時間6月15日早朝、FIFAワールドカップ日本の初戦となるオランダ戦では、2度にわたり先行を許すなかで、2-2の引き分けに終わったサッカー日本代表。
2大会連続で代表を率いる森保一監督には、「誠実」「いい人」というイメージを持つ人も多いかもしれないが、実はその裏には“非エリート”としてサッカー界を生き抜いてきた勝負師の顔がある。
著書『逆転監督』を執筆したサッカージャーナリストの木崎伸也氏が明かす「森保流マネジメント」の核心は、ビジネスパーソンにとっても示唆に富む。

ボトムアップと分業制——「指示を出さない」という戦略
森保監督の最大の特徴は「ボトムアップ式マネジメント」だ。選手に意見を求め、それを吸い上げてチームを作る。ヨーロッパではトップダウンが主流であり、日本代表でも前例のない挑戦だった。
きっかけは2018年W杯カタール大会だ。直前にハリルホジッチ監督が解任され、わずか1カ月の準備期間で就任した西野朗監督が「君たちの方がヨーロッパのサッカーをよく知っている。意見を出してほしい」と選手に委ね、結果としてチームがまとまった。当時コーチとしてその場にいた森保氏は、この手法に大きな影響を受けたという。
しかし、短期決戦で機能した手法を4年間維持するのは容易ではなかった。選手に「ボトムアップでやる」とは明言しなかった。言えば舐められるリスクがあるからだ。だがあえて指示を減らした結果、選手たちは戸惑い「もっと細かい指示が欲しい」と直訴するに至る。
この直訴を境にチームは一気にまとまり、2022年W杯ではヨーロッパの強豪であるドイツ、スペインを破る歴史的勝利を手にした。スペイン戦の前には鎌田大地選手が守備戦術の変更を提案し、それが採用される場面もあった。森保流のボトムアップ方式が苦節を経て「結実」した瞬間だ。現在はこれがさらに進化し、選手たちが率直に意見を出し合える環境が整っているという。

またコーチ陣への「分業制」も森保流マネジメントの特徴の一つだ。攻撃は名波浩コーチ、守備は齊藤俊秀コーチと明確に権限を分担。監督自身は戦術の細部をコーチに委ね、最終決断と選手とのコミュニケーションに注力する。
ビジネスに置き換えれば、これは「権限委譲と意思決定の分離」に他ならない。現場の専門知識を持つ部下に実務を任せ、リーダーは判断と人心掌握に集中する。「全部を自分でやると質が上がらない」という森保氏の試行錯誤は、プレイングマネージャーから脱却できない多くのリーダーへの処方箋になりうる。
ハードワークと誠実さ、その奥にある“腹黒さ”
ボトムアップの裏側を支えるのが、圧倒的なハードワークだ。
約80人に及ぶ代表候補のラージリストを、国内外のリーグ映像を通じて自ら全員チェックしているという。木崎氏は「ビデオオタクとも言える。記者やジャーナリストでもそこまでやっていない。誰よりも見ている」と舌を巻く。また代表戦後の夜には、所属チームへ深夜便で帰国する選手を寝ずに見送り、一人ひとりに「参加してくれてありがとう」と声をかける。
このハードワークと礼節が、選手からの信頼を生む。「そこまでやっている人だから助けたい」と選手が思う――それがボトムアップを機能させている。
だが木崎氏は、この「いい人」像だけでは森保監督を説明しきれないと語る。
「ただのいい人が勝てるわけがない。いい人なんだけれど、同時に矛盾しない形で"腹黒さ"がある。それが一番の強さだ」

象徴的なエピソードがある。サンフレッチェ広島のコーチ時代によくカードゲームの“UNO”をやっていたそうだが、当時の指揮官であるミハイロ・ペトロビッチ監督(現名古屋グランパス監督)が「森保コーチはUNOがすごく強い」と明かしている。木崎氏がその件について直撃したところ、本人はそれをはぐらかしつつ「負けないようには戦いますかね」と返した。手札を隠し、場の流れを読み、勝負どころで一気に仕掛ける――その勝負勘は、そのままピッチ上の采配に通じる。
試合前には自分の言葉遣いが強豪国を「リスペクトしすぎていないか」とメモに書き留め、無意識の敗北意識が選手に伝播するのを防ぐ。理想だけに走らず外堀を埋めてから行動し、決してイエスともノーとも明言せずギリギリまで選択肢を残す――負けない戦いを積み重ねるしたたかさは、すべて計算されているのだ。
この勝負師としての嗅覚は、非エリートとして何度も崖っぷちに立たされた経験から研ぎ澄まされたものなのかも知れない。
高校時代はインターハイや選手権大会への出場経験はない。実業団時代にはマツダ(現サンフレッチェ広島)に入団するも、同期6人の中で唯一子会社の採用だった。そこから元日本代表監督のハンス・オフト監督に才能を見出され、日本代表に上り詰めたものの、1993年には“ドーハの悲劇”を経験。W杯初出場の夢がロスタイムで潰える絶望をピッチで味わった。「一度でも階段を踏み外したら蹴落とされる」――その恐怖を身体で知っている人間だからこそ、勝負どころの見極めと、負けを避ける駆け引きに長けているのだろう。

強さの秘訣は「利他と利己の共存」
森保監督の強さの秘密をさらに深掘りするとすれば、それは「利他と利己の共存」だと木崎氏は言う。
「日本サッカーのため、日本のため」という大義を本気で掲げる。毎朝毎晩、空に向かって健康や世界平和に感謝の言葉を口にする。これだけ聞けば、純粋すぎるほどの利他の人だ。
しかし同時に、「ヨーロッパのクラブで監督を務めたい」という個人的野心を公言している。「日本代表監督として一番成功する」という強烈な利己心がある。
木崎氏は、この二つが「矛盾していない」ところに森保監督の本質を見る。自分が世界で成功することが、日本サッカーの地位向上に直結する。利己的な野心が利他的な成果を生み、利他的な献身が自らのキャリアを押し上げる。二つのベクトルが同じ方向を向いているからこそ、どちらも全力で追える。
これは組織で働くビジネスパーソンにとって、重要な示唆ではないだろうか。「会社のために尽くす」だけでは燃え尽きる。「自分のキャリアだけ」を追えば組織と軋轢が生まれる。両者が重なるポイントを見つけ、矛盾なく走れる状態を作ること。それが、長期的に成果を出し続けるリーダーの条件かもしれない。
2026年、集大成の舞台へ
木崎氏は今大会の日本代表について「条件が揃えば、3位を狙える」と予測する。過去最強の戦力に加え、8年間のマネジメントの蓄積がある。前回のカタール大会の反省――グループステージでの消耗、奇策がバレるリスク――も織り込み済みだ。「カードを何枚も用意している」と木崎氏は見る。
誠実さと腹黒さ。利他と利己。一見矛盾する要素を矛盾なく両立させる力。それが、非エリートから日本代表史上最長の指揮官にまで上り詰めた森保一という人間の本質だ。
そしてそれは、「ただのいい人」では勝てない現代の組織論そのものでもあるのだ。
初戦のオランダ戦は2度のリードを許しながらも、その手腕で引き分けに持ち込んだ。これからの戦いに注目が集まる。
この記事は、Business Insider JapanのYouTube番組「インサイダ」の動画を要約したものです。動画は以下からご覧ください。
編集部より:初出時、「高校時代は全国大会への出場経験はない」としておりましたが、正しくは「高校時代はインターハイや選手権大会への出場経験はない」でした。お詫びして訂正致します。2026年6月15日 16:22























