- MONEY INSIDER
- マネープラン
- ロス在住だった私はSNS動画を見て、約500万円でイタリアに家を購入した。改修費は1500万円以上だったが、それを上回る魅力がある

- キキ・リー氏は、アメリカ人がイタリアで安価な家を購入する動画を見て、自分もそうしたいと思った。
- リー氏は、ロサンゼルスでの生活とは対照な、イタリアの強い共同体意識に惹かれた。
- 彼女は2024年に17部屋ある家を購入し、現在も改修を続けている。
本エッセイは、カナダのウィニペグ(Winnipeg)出身で現在28歳のキキ・リー氏との対話に基づく。彼女はイタリアのムッソメリ(Mussomeli)に家を購入し、ロサンゼルスから移住する予定である。以下の内容は、長さと分かりやすさを考慮して編集されている。
私はイタリアには何度か旅行したことがあるが、シチリア島には住む前に一度しか行ったことがなかった。シチリア島はイタリアの他の地域とは全く異なる。
2022年に初めて訪れたとき、私はその地に恋に落ちて、ただそこに戻りたかった。
人々や文化に魅了され、自然の美しさは信じられないほどだった。火山があり、透きるような青い海があり、花々があり、ヤシの木があり、人々にも土地そのものにも、生命力があふれている。

当時、私の生活の大半はまだロサンゼルスにあった。交際相手もいて、仕事や社交でやるべきこともたくさん抱えていた。
私にとっての転機は、シチリアで格安の家を買うという、ロラ・ミントンの動画を見た時だった。「ああ、これは本当に可能なんだ」と、思った。この場所が大好きだということはすでに分かっていたので、実際の生活がどういった感じになるのかを確かめてみたかった。
ロラの動画を見た後、2週間も経たないうちに私は現地へ行った。少なくとも一度行って、自分の目で確かめない理由はないと思った。最悪の場合でも、シチリアで素敵な休暇を過ごせるだけで、何の問題もないはずだ。しかし私は、あっという間に恋に落ちてしまった。
シチリアではすぐに居心地の良さを感じた
母も一緒に来てくれて、町に着くとすぐに昼食を食べに行った。すると、レストランのオーナーが出てきて自己紹介をしてくれた。というのも、ああいう小さな町では、よそ者はひどく目立ってしまうからだ。
彼は私たちのテーブルに近づいてきて、「どこから来たんですか、休暇中ですか、ここで何をしているんですか」と、尋ねた。
私は「休暇で来たが、家をいくつか見に行くつもりだ」と、答えた。すると彼は、「午後7時に私のレストランに戻ってきてくれ。レストランを閉めるから、別の場所で夕食を食べに行こう」と、言った。
彼は私たちを、町の別のレストランに連れて行ってくれた。昼食をとったレストランから、ほんの数分の距離だった。夕食を食べている間、彼は私たちをさまざまな人に紹介してくれた。その夜私は、家の改修をしてくれる建築家に出会った。病院で働く医師たちにも会った。銀行で働く人たちとも会った。
彼らは皆とても親切で、協力的だった。5000マイル(約8000キロ)も離れた、今までの人生とは全く違う場所へ移るという途方もない決断をするなら、まさにこんなコミュニティに身を置きたいと思った。

もちろん、まだ言葉も分からない外国で家を買うことにはリスクが伴うし、私はこれまでリフォームの経験もなかった。しかし、少なくとも頼れるコミュニティがあるという安心感があった。何か必要なことがあれば、カフェのオーナーのところへ行って直接聞いたり、近所の人に質問したりすればいいと分かっている。孤独を感じる必要がないのだ。
イタリアのコミュニティはLAよりもずっと温かい
社交の面において、イタリアの文化はロサンゼルスとは全く違う。
ロサンゼルスの社交の場では、人脈作りが非常に重視される。まず最初に聞かれるのは、「お名前は、お仕事は」、という質問だ。
ここイタリアでは、「お名前は、出身は」、と聞かれる。人々はあなたのことを知りたいのだ。
ここの人々はとても親しみやすく、温かく、好奇心旺盛で親切で、まったく異なる社交体験ができる。表面的な関係がはるかに少ないと感じる。
ロサンゼルスには、表面的な人間関係があふれている。「わあ、一緒に遊ぼう」と言っては、その後二度とその人から連絡が来ない、といったことがよくある。

ここでは、地域社会の結びつきがより強い。近所の人たちは、田舎の別荘で余った果物があると玄関先まで持ってきてくれたり、私が通りを歩いていると、車で通り過ぎる人たちが手を振ってくれる。
ロサンゼルスのアパートに5年間住んでいても、隣人のことはほとんど何も知らなかった。イタリアではみんなが顔見知りで、それは本当に素晴らしいことだ。本来私たちが持つべき人間的な繋がりを感じるられる。しかし、ロサンゼルスのような場所では、そういう繋がりはもはやほとんどない。
生活のペースは間違いなくずっとゆっくりだ。だから、アメリカや他の国から来た人たちがここに来て、そのペースが少し遅すぎると感じることがあるのも理解できる。
でも、それでいいのだ。自分がいる場所のペースに身を任せるのは、良いことだと思う。そして、それはコントロールすること、あるいはコントロールできないことについての、素晴らしい教訓にもなると思う。
5つの独立したユニットだった家は、1つの大きな家になった
かつて私は、自分の人生はこうなるはずだという将来像について、全く違う考えを持っていた。
それは、いつか定年を迎えた頃、ようやくヨーロッパに移住して家を購入し、残りの人生をそこで過ごすという、遥か彼方の夢のようなものだった。しかし、この家を買うことがどれほど現実的なのか(もちろん簡単ではないが、不可能ではない)に気づいてからは、もっと早く行動に移した。
私は何か特別なものが欲しかったし、何か自分で手をかけて作り上げていくようなものが欲しかった。
私が購入した家は4300平方フィート(約400平方メートル)ある。寝室が4つ、バスルームが4つあり、合計で17部屋だ。

もともとこの家は、何百年も前のように別々のユニットが集まってできた家だったが、後にひとつに統合された。家には7つの入り口があり、そのうち5つには住所が割り当てられているが、すべて同じ家に通じている。
私は2024年6月に2万7000ユーロ(約500万円、1ユーロ185円換算:以下同)で購入し、今年の6月か7月に改修工事が完了すれば、費用は約9万ユーロ(約1665万円)になる見込みだ。
比較として、ロサンゼルスで最後に住んでいたアパートは、エコーパーク(Echo Park)にある1ベッドルームで、家賃は月3000ドル弱(約45万円、1ドル=150円)だった。
私がこの家を購入したのは、ただくつろいだり、夕食を作ったり、眠ったりするだけの場所が欲しかったからではない。カナダやロサンゼルスから来る友人たちを招いて、もてなせる家が欲しかったのだ。そして、この家はまさにそんな家だった。人をもてなすのに最適であると同時に、私自身がリラックスできる場所でもある。

イタリアでの家の購入と改修は、これからも振り返るであろう、本当に素晴らしい経験になっている。いつも順調なわけではないし、そうあるべきではない。
人々がもっと多くの時間を、異文化に浸り、異なる生き方を学ぶことに費やすことができれば、世界はもっと良い場所になると思う。
自分の直感を信じ、思い切って行動して本当に良かったと思っている。
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