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- ゴールドマン・サックス入社時に、私は屋根裏住まいで妊娠5週目だった。退職後にダンススタジオをはじめて「ゴールドマン精神」が役立った

- ケイラ・モードさんは、プロダンサーから芸術分野の財務管理、ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)、そして起業家へと多彩なキャリアを歩んできた。
- ゴールドマン時代に培った「顧客ファースト」精神が、彼女の新たなビジネスをスケールさせる原動力だ。
- ゴールドマン入社時は妊娠5週目。現在は当時よりはるかに持続可能なワークライフバランスを実現している。
この記事は、ニューヨーク・ブルックリンの革新的なダンススタジオ「リクードムーブメント(Rikud Movement)」の創業者、ケイラ・モードさん(35歳)との会話をもとに構成している。Business Insiderは、彼女のゴールドマン・サックス在籍歴、オックスフォード大学サイード・ビジネススクール在学歴、現在の収入を確認済み。記事は長さと明瞭さのため編集している。
芸術分野で数年間キャリアを積み、オックスフォード大学でMBAを取得した私は、パンデミックのさなかにゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)に入社した。当時は義理の両親の家の屋根裏部屋に住み、しかも妊娠5週目だった。
妊娠のことは会社の誰にも伝えていなかった。第1トライメスター(妊娠初期の3カ月間)中はサマーアソシエートとしてインターンをこなし、Zoomのカメラをオフにして吐き、またオンにして平然を装う——その繰り返しの日々だった。それでもゴールドマンから正式なオファーを獲得した。最終的にチームメンバーに打ち明けたときには、みんなが温かくサポートしてくれた。
生後5カ月の子を抱えながらゴールドマンのウェルスマネジメント部門に復帰したあとは、仕事と証券外務員試験の勉強の合間に授乳するような生活だったが、私はこの仕事にのめり込んでいた。
プライベート・ウェルス(富裕層向け資産管理)部門では、自ら足を使ってクライアントを開拓し、独自の顧客ポートフォリオを築くことが求められる。ターゲットは超富裕層から非営利団体まで幅広い。最初はシニアチームでアプレンティス(見習い)として経験を積み、一定の運用資産残高を達成して初めて自分の裁量で動けるようになる。
その後、私は再び妊娠した。それでも朝はコーヒーを片手に仕事をこなし、夜も人脈作りに精を出し、ボランティア活動や理事会にも出席し続けた。ところが、体調が急激に悪化した。複数の医師の診察を受けても原因が分からなかった。かつての「高いパフォーマンスを発揮できる自分」が音を立てて崩れていくのを感じた。
ワークライフバランス的にもう限界だった
産休中、私は自分の人生と正面から向き合った。アセットマネージャーとして成功する道は険しく、競争も熾烈だ。職場復帰してから、私は「自分でルールをゼロから書き直すしかないのかもしれない」と考えるようになっていた。

自分の家庭生活が、自分が理想とするレベルに達していないことに気づいたのだ。子どもを学校に送り迎えすることもできず、食事もほとんど作れない。平日は、夕食や入浴といった家族の重要な時間を逃すことが常態化していた。夜、娘を寝かしつけるのがナニー(乳母)になってしまう日もあった。
ゴールドマンでの日々に終止符を打った私は、銀行やフィランソロピー(社会課題解決のための社会貢献活動)、ファミリーオフィス(超富裕層の資産・財務を一元管理する組織)など、複数の分野で次の機会を探った。しかし、2つのポストはより経験の浅い候補者に奪われ、上位のポジションでは私が必要とするワークライフバランスを得ることができなかった。従来型のワークライフバランスという発想そのものを捨てるべきだと悟った。私には、子どもを学校に連れていき、迎えに行き、校庭で一緒に過ごし、その日の出来事に耳を傾けられる——そんなライフスタイルが必要だとはっきり分かったのだ。
そうして導き出した唯一の答えが、起業だった。
ゴールドマン入社よりずっと前、ダンスが私の「居場所」だった
現在はブルックリン在住だが、育ったのはフロリダ州ジャクソンビル。私の原点は、ダンスコミュニティの中にあった。バレエ、ジャズ、タップ、リリカルモダンなど、あらゆるジャンルを経験し、最終的にはヒップホップとコンテンポラリーにのめり込んだ。放課後も週末もスタジオに入り浸り、衣装部屋で宿題を片づけ、夕食に冷凍ピザを頬張るような日々を送った。
第一志望の大学に落ちた後は、オーディション番組「アメリカン・ダンスアイドル(So You Think You Can Dance)」に挑戦した。ラスベガスでの選考まで勝ち残り、それを機にコマーシャルダンスの世界でProとしてのキャリアをスタートさせた。それでも最終的には大学進学を選び、フォーダム大学で1年学んだあと、ニューヨーク大学に編入した。

その頃には、ビジネスの世界で働きたいという気持ちが固まっていた。大学に入ってからはダンスをする時間が減り、4年のときにタイムズスクエアでニッキー・ミナージュ(Nicki Minaj)とのパフォーマンスに出演したのを最後に、私はステージを降りた。ソーシャルメディアのおかげで、ステージ上で激しく踊る自分の動画がネットに残ることになり——ミレニアル世代の女性の多くがそうであるように——ネットの反応に過敏になっていた。
大学卒業後は文化芸術分野の運営管理、企業向けファンドレイジング、フィランソロピーの分野で働き、そこからファミリーオフィスや財団の内情を知る機会を得た。芸術というレンズを通して金融の広大な世界が開け、そのすべてがいかに密接に結びついているかを目の当たりにした。この気づきが、最終的にオックスフォード大学サイード・ビジネススクールでMBAを取得し、在学中にゴールドマンのインターンシップ・プログラムに応募する決断につながった。
ゴールドマンの「顧客ファースト」精神が役立った
ゴールドマンを離れたいま、私は起業家として再びアートの世界に挑んでいる。
ブルックリンにある娘の学校の近くを毎日歩いていると、空き店舗があった。調べてみると、そこはポップアップスペース(短期間の出店に対応した商業スペース)として使われていることが分かった。
ポップアップスペースの多くは、数カ月分の家賃を前払いする必要がないなど条件が柔軟で、新しいスモールビジネスにとって絶好のインキュベーターになる。娘の学校で知り合った母親たちが「スタジオを立ち上げるなら手伝う」と約束してくれたこともあり、私は1週間以内でウェブサイトを立ち上げ、事前登録の受け付けを開始した。
2026年1月12日、「リクードムーブメント」がついにオープンの日を迎えた。
ここは従来型のダンススタジオとは一線を画す。鏡なし、バレエなし、発表会なし。5人の講師陣が、全年齢を対象に、ストリートダンスとクラブダンスに特化したプログラムを提供している。
ゴールドマンで学んだことの多くが、いまも生きている。新規ビジネスの開拓方法もその一つだ。私は毎朝目覚めるたびに、新しい顧客、最適な価格設定、そして新しい収益源の獲得に思考を巡らせている。

市場サイクルに対する理解も非常に役に立つ。消費者の行動を分析し、なぜ会員更新をする人としない人がいるのかを考えるとき、私は「子どものための課外活動に対する支出」という経済的背景から捉えるようにしている。クライアントの声に耳を傾け、悩みや課題を把握するというゴールドマンのカルチャーはいまも重要な指針となっており、雪の日のプログラムやサマーキャンプといった新たな企画を生み出してきた。
大企業で働いていた頃は、「もっとペースを落として慎重に意思決定するように」とよく言われた。それは、オープンで親しみやすい私の性格の裏返しだったのだろう。
そのフィードバックは、100%的を射ていた。そして起業家となったいま、私はその課題を、人事考課レポートを通してではなくリアルタイムで突きつけられている。決断がもたらす結果はより重大で、即座に跳ね返ってくる。自らアップデートし続けなければいけない状況に、いままさに置かれているのだ。
ビジネスはまだ始まったばかりで、変革すべき点は山積みだ。それでも、私たちは最初の100日間で6桁ドル(10万ドル台)の売り上げを達成した。いまはまだ成長軌道に乗るための助走期間だが、資金調達をせず自己資金だけで運営している。
ウォール街での経験は、若い企業の成功を見極める目を養ってくれた。当時は起業家候補を潜在的なクライアントとして捉え、彼らの初期の数字が将来どのような結果をもたらすかを分析していたからだ。
金融のプロが真剣に取り合うような事業規模には、まだ遠く及ばない。だが、自分なりのロードマップがあり、そこに到達する道筋も確実に見えている。































