

















「折尾~ 名物~ かしわ~ めし弁当~」 。北九州を代表する“立ち売り”駅弁。その歴史は、104年にも及ぶ。現在、たった1人になってしまった“立ち売り”を次の時代へ残そうと“立ち売り”に弟子入りを決断した男性に密着した。
「折尾~ 名物~ かしわ~ めし弁当~」。 秘伝の鶏スープで味付けした炊き込みご飯に甘く煮た鶏そぼろや錦糸卵。北九州を代表する駅弁、東筑軒の『かしわめし』だ。

北九州市八幡西区の東筑軒。その始まりは104年前、まだ八幡市だった頃。当時の国鉄・折尾駅の構内に東筑軒の前身となる『筑紫軒』が創業した。

以来、“秘伝の味”とともに受け継がれてきたのが、折尾駅での“立ち売り”だ。最盛期には20人ほどの販売員がいて、1日2000個を売り上げる日もあったという。

しかし鉄道の高速化による移動時間の短縮や飲食店の増加などにより駅弁需要は減少。販売員の数も減り、創業から90年を迎えた2011年にはゼロとなってしまった。

そうしたなか、途絶えた伝統を復活させた人物が、東筑軒で弁当配達の仕事をしていた小南英之さんだった。当時、53歳。

歌い踊るような小南さんの立ち売りはいまや折尾名物だが、本人にその素顔を伺うと「もともとは、大人しくて口下手でしたから、大きい声を出しながら販売するのは恥ずかしいなという思いもありましたね」と笑う。

北九州市で生まれ育った小南さん。大学卒業後は、地元の仏具メーカーで営業マンとして勤めた後、20代半ばで東京のコメ店に転職した。当時、八幡に帰省する度に励みとなったのが、立ち売りの存在だった。

「立ち売りの方を見たら折尾に帰ってきた!と心が和んでいました。行きがけに見る時は『よ~し、負けずに頑張ってくるぞ!』という力になった」(立ち売り販売員・小南英之さん)。
ふるさとへの思いを胸に、小南さんは51歳で東筑軒に入社。はじめは弁当の配達を担当していたが、既に途絶えていた立ち売りの販売員に立候補した。

「人との出会いを大切にしていく立ち売りの販売方法。これは素晴らしいと思っていたから」とその理由は話す小南さん。この13年、東筑軒“唯一”の立ち売り販売員として伝統を守っている。

2026年、66歳となったその小南さんに新たな動きがあった。5月1日のことだ。

「きょうから頑張って下さい!」と小南さんが声をかけたのは、北九州市に住む梛野善彦さん(59)。実は、梛野さん、小南さんに“弟子入り”したのだ。

「小さい頃から『かしわめし』を食べていまして、大きくなっても『かしわめし』のファンでして」と笑う梛野さん。週に1度は、小南さんから弁当を購入し、東筑軒が出店するイベントには必ず顔を出すほどの『かしわめし』ファンなのだ。鉄道が好きなこともあり立ち売り存続の重要性を感じていた。

梛野さんは「立ち売りを日常的にやっている駅というのは、全国で折尾駅だけなんですよ。今年に入って小南さんから『僕も年なのでそろそろ…』とお聞きしたので、この折尾駅だけの立ち売りの伝統をぜひ残していきたい」と弟子入りを志願したという。

自分の年齢のことを考えていた小南さんも後継者を探していた。梛野さん、介護士の仕事を辞め、立ち売り販売員への道を進み始めた。
初稽古の日。「実践あるのみ」と早速、声出しが始まる。「かしわ~めし弁当~」と小南さんが手本を示すと「かしわめし~弁当~」と梛野さんもそれに倣って声を出す。

立ち売りのデビューは1カ月後。会社での日々の稽古に加えて「あ・え・い・う・え・お・あ・お~。大正10年~、変わらない味~」とカラオケでの発声練習。さらに走り込みや筋トレなど思い付く限りの自主練習に励んだ。

そして迎えたデビューの日。東筑軒の山内裕太・社長からは「弁当だけじゃなくて、元気を与えられる折尾の風景として、この先の100年もしっかり伝統を残してもらえたらと思います」と激励の挨拶。

この日、社長から贈呈されたのは一人前の証である “立ち売り帽”だ。

午前9時15分、折尾駅。「皆さま、おはようございま~す」。師匠とともに現れた梛野さん。その表情には少し緊張感が漂っている。

「お弁当~お弁当~、東筑軒のかしわめし弁当~」。繰り返し稽古してきた掛け声を実践するが、スマホを操作しながら通り過ぎる人や足早に電車に乗り込む人で、なかなか足を止めてもらえない。

立ち尽くす梛野さんに師匠は「お弁当が欲しい方ばかりじゃないですからね。売らせてもらっているという気持ちを大切にしてやって下さい」と声をかける。

師匠の言葉で気持ちを立て直し再びホームへ。すると「ありがとうございます!」。販売開始から約1時間、ついに弁当が売れた。

弟子の“第一歩”に小南さんの表情も笑顔が浮かぶ。

その後も順調に駅弁は売れて行った。駅弁を購入した女性は「私、ここが故郷で懐かしい、懐かしい。だから長く続いて欲しいです」と話す。

「まだ、小さな、小さな一歩ですけど、立ち売りの歴史を紡いでいくスタートになったということで、とても嬉しい。ワクワクしています」(梛野善彦さん)。

「ネット社会で、買い物も簡単に便利の良い方向になっていますけど、反対に昔ながらのやり方で、心で接していくというのは文化として残していかなきゃいけない」(小南英之さん)。
きょうも折尾駅には、歴史を紡ぐ立ち売りの声が響く。
(テレビ西日本)
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