



















職人不足、高齢化、資材の高騰——建設業界が抱える課題に、「印刷」という技術が挑む。
島根・雲南市で5月下旬、巨大な3Dプリンターを使って実際の建設現場で施工する国内初の実証実験が公開された。コンクリートを積み重ねて形をつくるその光景は、建設の「当たり前」を塗り替えようとしている。
島根県雲南市掛合町のある敷地に、見慣れない構造物が姿を現した。高さ5メートル、幅・奥行きそれぞれ8メートルという巨大なフレーム。そのノズルの先端からは、生コンクリートが静かに押し出されていく。
何層にも重なった線が積み上がり、やがて形になっていく。高さ約2メートルのパーティションを備えたベンチだ。これは3Dプリンターによる「実物大」の建物を作るための実証実験である。
実験を手がけるのは、東京に拠点を置く「V3D Asia株式会社」。3Dプリンターを使った建設技術を開発し、東南アジアを中心に公共施設や住宅などの建設実績を持つ企業だ。今回の実証実験は、国内での普及を視野に入れ、日本の気候・建設環境・規制に適した技術を確立することを目的としている。
会社によると、実際の建設現場で3Dプリンターを使って施工するのは国内で初めてのことだという。
現場で記者が手にしたのは、3Dプリンターで「印刷」された部品のサンプルだ。直線だけでなく、なだらかな曲線も正確に造形されている。
従来の建設では、こうした曲線の造形は熟練した職人の経験と技術が必要だった。しかし3Dプリンターであれば、データどおりの形状を短時間で、しかも正確に出力できる。素材も国内で調達可能なコンクリートやモルタルを使用するため、低コストでの実現が可能だという。
同社の小野和宏会長は、今回の実験の意義をこう語る。
「日本でのオペレーションでのコストやオペレーション上での問題が分かりますので、これを今後、大々的に展開するときの基礎情報としてやっていければ」
技術の実用化に向けた「地ならし」として、今回の雲南市での実証実験は位置づけられている。
この技術が対応できる建物の規模は、最大400平方メートル(20メートル四方)まで。決して小さくはない。
大きなフレーム設置が課題の一つしかし課題もある。3Dプリンターを稼働させるためには、建物の外側に大きなフレームを組み立てる必要がある。高さ5メートル・幅8メートルのあのフレームだ。都市部では、そのスペースを確保すること自体が容易ではない。
だからこそ、会社が目を向けたのが地方だった。
雲南市での実証実験が実現したのは、地域おこし協力隊員として活動する一級建築士・小堀祥仁さんの紹介がきっかけだ。小堀さんの橋渡しにより、地元の建設会社「中澤建設」が敷地の提供など協力を申し出た。
中澤建設の中澤太輔専務はこう話す。
「雲南市では、過疎化だったり人口減少というところがいち早く起きてるということもありますので、より喫緊の課題になっているという状況」
人口減少や高齢化が都市部より早く進む地方では、建設業の担い手不足もより深刻な問題として迫っている。雲南市はまさに、この技術が求められる現場の最前線にある。
国土交通省のデータが示す現状は厳しい。建設業で働く人のうち、55歳以上が約4割を占める一方、29歳以下は約1割にとどまる。高齢化による担い手の減少は、業界全体の構造的な問題となっている。
加えて、資材の価格や人件費の上昇も続く。現場では作業の効率化や省人化への要求が一層高まっている。
こうした状況を踏まえると、3Dプリンター工法が持つ意味は単なる「新技術の導入」にとどまらない。職人の技に頼らずとも高品質な施工を実現できるこの技術は、建設業の「人手問題」に直接アプローチする可能性を持つ。
地域おこし協力隊の小堀祥仁さんは、この技術の可能性をさらに広い視点で捉える。
「離島で建設資材だったり、あるいは職人さんも本土から輸送してこないといけないような条件不利地域にこういった新しいテクノロジーが入ると、非常に有意義なんじゃないかなっていう意味では、ここで実証事業を始めることがすごく価値あること」
本土からの輸送に頼らざるを得ない離島や山間部では、建設コストは格段に高くなる。職人の確保もままならない。そうした場所でこそ、3Dプリンター工法は「使える技術」として輝く可能性がある。
地方での実証実験は、単に「都市部で使えなかった技術の代替案」ではない。地域固有の課題に寄り添う形で技術の価値を問い直す、重要な試みだ。
V3D Asiaは今回の実験を通じて、地方の建設会社との協働の可能性も探っている。単独で事業を展開するのではなく、地域に根ざした企業と組むことで、地域の実情に合ったかたちで技術を普及させていく方針だ。
中澤建設のような地元企業がこの技術を扱えるようになれば、地域内での雇用創出や技術継承の新たな形にもつながり得る。建設業の担い手不足という課題を、外部から技術を「持ち込む」だけでなく、地域の力と組み合わせて解決しようとする姿勢がそこにはある。
実証実験は5月31日まで雲南市掛合町で行われた。実験を通じて完成したベンチは一般に公開され、しばらくの間、自由に利用できるという。
コンクリートが層をなして積み上がり、見慣れた素材が見慣れない形を生み出していく。その「印刷された構造物」に触れることができる機会は、3Dプリンター建設技術の可能性をリアルに感じる体験となるだろう。
「将来は国内でも3Dプリンター工法を広げていきたい」——V3D Asiaが描く未来は、雲南市の小さな実験から動き始めている。建設の現場が、静かに、しかし確実に変わろうとしている。
(TSKさんいん中央テレビ)
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