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現代の作家たちが語る「日本」
直木賞作家・島本理生「書く感覚が戻らなかった」苦しい数年の先に

直木賞作家であり、多くの恋愛小説などで知られる小説家・島本理生さんが、2026年4月下旬、新作『ノスタルジア』を発売した。『ノスタルジア』は、40歳を目前にした女性小説家と、殺人事件を起こした母を持つ20代の青年が共同生活を送るなかで、お互いが抱える「喪失」と向き合っていく小説だ。
17歳でデビューして以降、25年にわたり話題作を発表し続けてきた島本さん。しかし今作『ノスタルジア』を書く直前まで、1年間の「休憩」期間を過ごしていたという。新型コロナウイルスへの感染やその後遺症などにより、小説を書くことができない期間が続いたからだ。
「これまでの感覚に頼って書くのではなく、取材を重ねて登場人物たちの立ち位置の違いを掘り下げた。コロナ禍以降に書いた小説の中で、私にとって最も重要なテーマを込めた作品です」
そう話す島本さんに、休業後に約10カ月かけて書き上げたという今作に込めた思いを聞いた。

小説家
島本理生
1983年東京都生まれ。2001年「シルエット」で群像新人文学賞優秀作を受賞し、デビュー。2003年『リトル・バイ・リトル』で野間文芸新人賞、2015年『Red』で島清恋愛文学賞受賞、2018年に『ファーストラヴ』で直木賞受賞。2005年に刊行された『ナラタージュ』は2017年に映画化された。近著に『天使は見えないから、描かない』、『一撃のお姫さま』など。
「1冊書き切るのはもう無理じゃないか」

──『ノスタルジア』はいつ頃から書き始めたのでしょうか?
2023年後半ぐらいから書き始め、2024年の夏まで約10カ月かけて完成させました。実はその直前くらいまで、小説が全く書けなくなっていて、1年間ほど仕事を入れない時期があったんです。
2018年に直木賞を受賞して以降、執筆ですごく忙しくしていた時にコロナに感染して、嗅覚が低下する、長時間は集中できないといった症状が残りました。そのせいで小説の食の描写や風景描写にも影響が出ました。
コロナ禍で取材に出られなくなったことも大きかったです。私は取材に出かけたり、旅をしたりして、自分の五感を使った体験を通して使って小説を書くことが多いのですが、それが全部できなくなっていた。
小説の書き方を忘れるくらいに、作家としての感覚を取り戻せないのは初めてでした。17歳でデビューしてからもう20年以上になりますが、ここまで分からなくなったことは過去にありません。
──どのように「書けない時期」を乗り越えたのでしょうか?
あまりに書けないのが辛くて、1年くらい休憩することにしたんです。「書けない、書けない」と言いながら、書かないといけない状態だと、小説自体が嫌いになってしまうと思ったんです。もともとは、純粋に楽しいから小説を書いていた。1年間休んで、その「楽しく執筆する」感覚を思い出そうと。
先に受けていた仕事以外は、ほぼ〆切を入れず、本当に書きたい時にまずショートショートから始めるということを、リハビリのように続けました。
最初のうちは原稿用紙3枚書いて、次は5枚書いて、10枚書いて、30枚、100枚って、本当に枚数をだんだん増やして、感覚を戻していったって感じです。
それでも「1冊書き切るのは、無理じゃないかな……」と思っていたころ、この小説の依頼をいただきました。最初は自信がないから断ろうかなと思ったんです。でも周りの友人たちから「新しい挑戦をした方がいい」と言われたこともあって、無理してでも引き受けようと思い直したんです。
小説の最後の方は、結構バテバテになっていましたが、もう一回ゼロから、「自分の力で小説を完成させられるんだ」と実感できたことは、私にとって大きな自信になりました。そこから急にまた書けるようになって、今は納得できる執筆のペースが戻ってきました。
「私はこんなに嗅覚に頼っていたのか」

──書き方などかなり変えた部分があったのでしょうか?
過去の作品では、周囲の登場人物よりも主人公のほうが自分との距離が近いことが多かったのですが、私にとって、『ノスタルジア』は、むしろ主人公が一番謎だったかもしれないです。
『ノスタルジア』の主人公・紗文(さあや)は、小説家でもうすぐ40歳になる設定です。そこだけで考えると、自分と近い環境にある人物ですが、むしろ彼女自身の“分からなさ”を書こうと決めていました。
「共感できるところもあるけれど、まったく理解できないところもある一人の自立した女性」を想像し、他の登場人物も、4人いれば4人それぞれに人格・内面があって、別々に生きてきた時間があるという面も描く中で、今までよりも“決めずに潜っていく感覚”がありました。
──新しい設定に挑戦したのは、執筆を休んだことと関係しているのでしょうか?
コロナを経験して、「小説を書くときに、私はこんなに嗅覚に頼っていたのか」と気付かされたのですが、それは失って初めて分かったことでした。
自分の身体的な条件がそろっていれば、今までのやり方で書き続けることができたと思います。でも私も仕事と子育てを経て、年齢を重ねて、間違いなく若いころよりも体力は落ちていますし、そもそも人は生きていれば、必ず何かを日々失っていきます。
少しずつ衰え、少しずつなくしていくものだけに、小説を書くうえで頼っていたら、今すぐではないとしても、いつでも突然行き詰まる可能性があるわけですよね。
だからこそ、体力や感覚だけに頼って書くのではなく、よく見てよく学び、フラットな引いた位置から、それぞれの登場人物たちを掘り下げていく方法にシフトした方がいいなと考えるようになりました。「自分の体ごと飛び込んでいく」だけではなく、俯瞰と観察の視点を、これからは持った方がいいんだろうと。
「見えている世界の違いを書くのが面白かった」

──島本さんの代表作の一つ『ナラタージュ』では、高校生・大学生の視点で年上の教師の男性を見ていました。一方で『ノスタルジア』は、40歳を迎える女性小説家の視点から、20代の男性を見ています。
『ナラタージュ』もそうですが、これまでは年上の男性と年下の女性の恋愛を書くことが多かったのですが、「その設定で書きたいものはだいたい書き切った」と感じていて、今回はちょっと逆転させてみようと。
何なら「恋愛もの」にするつもりも最初はありませんでした。「ルームシェアをする疑似家族のような話にしてもいいかな」ぐらいのイメージで書き始めました。
いざ男女を逆にして書いてみたら、年上の女性側は「自分が加害しているんじゃないか」「今の言い方は冷たかったんじゃないか」と過剰に気を使ったり、「相手が理解できなくてもしょうがない」と一線を引いて諦めたりする一方で、年下の男性は無邪気に愛情を表現していて、そのすれ違いや立場の変化は書かないと見えなかった、と実感しました。
──年上の目線から書くことで、今後につながる手応えはありましたか?
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