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- 三菱商事を3カ月で辞め、米アグリテックから女川町へ。なぜ彼は「養殖困難な高級貝」に賭けるのか
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「Day1 ローカル」地域を動かす若きプレーヤー

宮城県女川町。リアス式海岸が入り組む穏やかな海で、アメリカの名門・ブラウン大学を出た31歳の元商社パーソンが、「新しい養殖」を作り出そうと奮闘している。長谷川翔亮さん。今は女川町地域おこし協力隊員だ。
長谷川さんがトライしているのは、二枚貝「トリガイ」の養殖。高級寿司ネタとして知られる一方、天然漁獲量は不安定で、国内流通量も限られる。そのトリガイを安定生産し、新たな産業へ育てようとしている。
研究室でも、都心のスタートアップでもない。長谷川さんが選んだのは、女川町の海に入り込み、地域とともに事業を育てる道だった。
グローバルビジネスの最前線を歩んできたエリートは、なぜ今、地方の海で貝の養殖に人生を懸けるのか。
高級貝を「次世代のタンパク源」に

水産会社の建物を間借りした小さな一角。ここが現在、長谷川さんが主な拠点としている研究場所だ。オンラインで実施した取材時には、画面越しに水槽やパソコン、顕微鏡が並ぶ様子が見えた。長谷川さんの背後では研究を手伝うインターン生たちが忙しなく行き来していた。
株式会社チキンクラム。長谷川さんは2024年に立ち上げたこの会社の代表を務めている。
同年7月、女川町の地域おこし協力隊に就任し、この地へ移り住んだ。目的は、高級二枚貝・トリガイの養殖だ。
「鶏(chicken)のように、世界中で食べられるタンパク源になる貝(clam)をつくりたい」
社名にはそんな思いを込めた。
「トリガイは人類を支える新たな『世界的なタンパク源』になり得るポテンシャルがあると思っているからです」
なぜトリガイなのか。理由の一つは、その成長速度だ。養殖では、ホタテが水揚げまで約2年、牡蠣でも1〜3年かかるのに対し、トリガイは約1年で出荷できる。さらに、高級寿司ネタとして知られており、単価も高い。ビジネスとして合理的なのだ。加えて、貝の養殖は牛や豚などの畜産と比べて環境負荷が低い。
「成長が早く、高価格帯で、しかも持続可能性がある。かなり条件がそろった生物だと思ったんです」
ただ、それほど条件がそろっていながら、大きな課題もある。トリガイは養殖が非常に難しいのだ。国内では京都府農林水産技術センター海洋センターが種苗を大量生産し育成する技術を開発している。だが、長谷川さんによると、民間で本格的に取り組んでいる事例はほとんどない。
慎重に選んだ、事業のDay1の地

2023年、起業のためにアメリカのスタートアップ(後述)を退職した長谷川さんは、まず貝に詳しい人物を頼って熊本県へ渡り、トリガイの養殖について学びながら事業の候補地を探した。やがて三陸海岸沿いがトリガイの生育に適していることがわかり、複数の自治体を訪問して最終的に宮城県女川町を拠点に選んだ。
決め手の一つが、町の受け入れ体制だったという。
「訪問した初日に、行政や民間など関係者がみんな集まってくれて、『女川だったらこう進められる』『こういう施設や制度が使える』と、その場で示してくれたんです」
女川町は人口5686人(2026年4月末時点)の小さな町だ。東日本大震災後には「還暦以上は口を出さず」というスローガンのもと、若い世代を中心に復興を進めてきた経緯がある。変化や新しい挑戦を歓迎する空気が根付き、官民の距離も近い。
だからこそ、外から来た挑戦者に対しても柔軟だった。長谷川さんが感じたのは、そうした町の機動力だった。
「ここだったらやっていけそうだ、と思いました」
資本政策としての「地域おこし協力隊」

女川町で事業を始めるにあたって、長谷川さんが選んだ立場が「地域おこし協力隊」だった。
一般的には、都市部から地方へ移住し地域活動や起業に取り組むための制度として知られる。だが、長谷川さんにとっては単なる移住・起業支援ではなく、事業の自由度を守るためのいわば資本政策でもあった。
「出資を受けると、投資家の意向によって本当にやりたいことができなくなる可能性があると思ったんです。自分自身が100%の決定権を持って、妥協なく進めたかった」
スタートアップにおいては一般的なベンチャーキャピタル等からの資金調達はせず、金融機関の融資も受けなかった。トリガイの種苗生産は極めて難易度が高く、技術開発がいつ成功するか分からない。場合によっては、うまくいかない可能性すらある。
そうした中で、投資家の意向によってより堅実なビジネスへ方向転換を迫られる可能性のある出資や、返済義務が生じる融資は、自身の挑戦とは相性が良くないと考えたからだ。
思案の末にたどり着いたのが、地域おこし協力隊だった。協力隊であれば、地域に深く関わりながら事業を立ち上げることができる。活動費などの支援も受けられるため、研究拠点の整備などにも活用できたという。
もっとも、この選択は長谷川さんだけに都合のいいものではない。水産業を基幹産業とする女川町にとっても、意味のある取り組みだった。女川町はカキやホタテ、ホヤなどの養殖が盛んだが、近年は気候変動の影響もあって生産量の減少が深刻化している。トリガイは、将来的に既存品種に代わる新たな養殖品種になる可能性を秘めていた。





























