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出向して見えたプロダクトとソリューションの距離 電通ベンチャーズが“中に入る”理由
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AIの進化によってプロダクト開発のスピードは飛躍的に向上した。その結果、ビジネストレンドの移り変わりは激しくなり、「いいプロダクト」 を生み出すだけでは持続的な競争優位を築きにくいジレンマが生じている。
こうしたなか、電通グループのコーポレート・ベンチャー・キャピタル・ファンド(CVC)である電通ベンチャーズは、出資先のSUSHI TOP MARKETINGにプロフェッショナルな人材がCPO(最高プロダクト責任者)として出向し、事業に深く関与する形で支援。資金提供にとどまらず、プロダクト開発の現場に入り込み、事業とプロダクトの距離を縮めている。
この取り組みは、出資元と出資先の双方にどのような価値をもたらしているのか。電通ベンチャーズ マネージングパートナーの笹本康太郎氏、SUSHI TOP MARKETING CEO徳永大輔氏、電通グループから出向し、現在SUSHI TOP MARKETING CPOとして活躍する森下翔馬氏に聞いた。
プロダクトから、ワークフロー全体の最適化へ
単一機能のプロダクトでは、競争優位を築きにくい時代。「プロダクトの開発スピードは、特にこの半年ほどでさらに加速している印象がある」
CVCとして国内外のスタートアップを数多く見てきた笹本氏は、わずか数週間、数カ月の間にプロダクトが大きく変化する事例を、特にアメリカのスタートアップとの対話を通じて何度も目にしてきた。
プロダクト開発のスピードが上がるほど、従来のようにユーザーニーズを把握し、設計・開発・ローンチと段階的に進めるプロセスは機能しにくくなる。特に大企業では、既存の顧客基盤やブランドを守る必要があり、不確実性を前提とした意思決定は容易ではない。
対して、スタートアップは意思決定が早く、検証サイクルを高速で回すことができる。こうしたアジャイルな開発がスタートアップの強みと言える。

しかし、以前なら市場で受け入れられてきた単一機能の汎用プロダクトも、AI時代のいまはあっという間にコモディティ化してしまいかねず、モート(Moat)と呼ばれる継続的な競争優位を作ることが難しくなる一方だ。この変化を受けて、「最近は、ホリゾンタルなプロダクト提供から、特定の業務領域に深く入り込み、ワークフロー全体を最適化するバーティカルなソリューションにシフトするスタートアップが増えている」と笹本氏は語る。
ビジネスを取り巻く環境が目まぐるしく変わるなか、電通ベンチャーズでは外部からのアドバイスの枠を超え、出向によるスタートアップ支援にも注力している。なかでも、CPOとしての出向というユニークな取り組みとして成果をあげているのが、ブロックチェーンを活用した顧客体験づくりを行うマーケティングテック企業、SUSHI TOP MARKETINGとの連携だ。
顧客起点で進化し続ける「トークングラフマーケター」
2021年に創業したSUSHI TOP MARKETINGは、「NFTをマーケティングに活用する」をコンセプトに掲げ(同社では「トークングラフマーケティング」と定義)、事業を展開してきた。この取り組みをさらに市場へ広げていく上で、プロダクト戦略や開発体制の強化が重要なテーマとなり、2023年4月に実施した、電通グループを含む複数社からの資金調達を契機に連携を開始した。あわせて、そのコンセプトをより具体的なプロダクトへと落とし込むため、戦略と開発の両面を担える人材が求められた。そこで、徳永氏の希望で、電通グループのR&D組織である電通イノベーションイニシアティブのシニア・マネージャーであり、プロダクトエンジニアでもある森下氏が、週に数回のペースでサポートに入るようになる。
森下氏は、徳永氏のアイデアとSUSHI TOP MARKETINGが掲げるビジョンを起点に、NFTやブロックチェーンというテクノロジーが、実際の顧客にどのような場面で使われ、どのような体験を生むのかを描きながら、UXの設計から技術の実装まで、プロダクトに関わる領域を横断しながら形にした。
この共創関係に手応えを感じた徳永氏は、電通イノベーションイニシアティブに森下氏の出向を打診。2024年1月、森下氏はSUSHI TOP MARKETING のCPOに着任し、プロダクト開発を牽引していった。
「ちょうどNFTやブロックチェーンのブームが落ち着いていた頃でした。テクノロジー自体の価値ではなく、『テクノロジーを通じてどんな価値を提供できるか』という、目的を軸にした発想で、プロダクト開発を推進していきました」(森下氏)

森下氏が加わったことで、コアプロダクト「トークングラフマーケター」などの開発・改善スピードは一気に加速。コンセプト段階のものが顧客に届けられるプロダクトへと具体化した。
トークングラフマーケターは、いわばブロックチェーン版のCRM。NFTを起点に顧客接点を生み出し、蓄積される行動データを可視化して施策設計につなげる基盤だ。
直近では、同社が提唱する「トークングラフマーケティング」の考え方そのものを、より多くのユーザーが触れやすくするため、AIエージェント「NIGIRI AI」(特許出願中)の開発も進めている。専門知識がなくても、データ分析や活用シーンを理解できる“入り口”として機能している。
「マグロやサーモンといった素材を、寿司職人が一皿の寿司に仕立てるように、ブロックチェーン上の多様なデータをNIGIRI AIが読み解き、誰でも理解できる形にしてくれるイメージです」(森下氏)
また、顧客との接点を購買行動にまで広げるプロダクトとして、「SUSHI TOP OCR」(特許出願中)も開発。レシートからの購買情報の取得を通じて、キャンペーンに参加した顧客が、実際に商品を購入したかまでを一つの流れとして捉えられるようになる。
トークングラフマーケターが顧客データを可視化する中核を担い、NIGIRI AIが専門知識がなくてもそのデータを読み解ける入り口をつくり、SUSHI TOP OCRが購買行動まで含めた接点を生み出す。3つのプロダクトが有機的に連携することで、同社が掲げる「トークングラフマーケティング」の実現領域は着実に広がっている。
機能価値から体験価値へと昇華できているか
出向してスタートアップの一員となった森下氏は、コーディングエージェント(AIによる開発支援ツール)の登場で実装のハードルが下がり、開発のスピードが上がる一方、「落とし穴もある」と指摘する。
AIによって開発の敷居は下がり、「作れること」自体は差別化になりにくくなった。だからこそ重要なのは、顧客が検討し、導入し、業務に組み込み、使い続けるまでのプロセスにどれだけ寄り添えるかだ。

森下氏は、プロダクト開発の現場に深く関わるなかで、機能と価値のあいだにあるギャップに気づく。どれだけ多くの機能を開発しても、顧客の業務に組み込まれ、使われ続けなければ価値は生まれない。
このプロセス全体を貫く軸となるのが「体験価値起点」の発想だ。プロダクトの価値は「機能」ではなく、顧客がそれを導入し、課題解決に至るまでの「体験」全体で決まる。どれだけ機能が優れていても、導入が煩雑だったり運用に手間がかかれば、顧客に価値は届かない。プロダクトのゴールは、開発を終えた時点ではなく、顧客が価値を実感できる体験を届けることにある。
そう考えると、「プロダクトとは何か」という捉え方そのものを問い直す必要が見えてくる。プロダクトは、機能や画面の中だけに閉じたものではない。提案の仕方、導入後の活用支援、日々の業務で使われ続ける過程——。その一連のプロセスで顧客が抱く印象の総体が、プロダクトの価値として捉えられていく。だからこそ、このプロセス全体をプロダクトとして捉える視点が欠かせない。
「体験」を起点に据える視点は、自社が戦う市場の見方を変える。例えばカメラメーカー。思い出を残す、シェアする、楽しむ、という生活者視点で市場を捉えることで、「カメラ市場」ではなく「“思い出づくり”市場」と定義できると森下氏は言う。
これをSUSHI TOP MARKETINGに置き換えると、「NFT・ブロックチェーン市場」で戦うのではなく、顧客の業務にどう関わり、どんな体験価値を生むかを起点に市場を捉え直すことだ。テクノロジーそのものではなく、その先にある顧客体験が戦略の軸になる。
森下氏の発想の原点は、カスタマージャーニーや生活者視点を重視してきた電通時代にある。この視点が、テクノロジーを顧客起点の価値へと転換する土台となっている。
「社内の定例会やプロダクト発表の場でよく話していることもあり、森下の言葉や考え方は、エンジニアには特に広く浸透しています。最近は、得意先をはじめとした社外にも影響力を持ちはじめていることを実感しています」(徳永氏)

SUSHI TOP MARKETINGでの森下氏の役割は、プロダクト開発の枠にとどまらない。人数の少ないスタートアップは決裁者と実行者の距離が近く、不確実性に挑むうえで大企業にはない機動力がある。その一方で、一人で何役もこなす必要もある。徳永氏とともに、資金調達の場に足を運ぶこともあれば、社員のキャリア相談に向き合うこともある。そのなかで森下氏は、「組織」という存在をこれまで以上に強く意識するようになったという。
ほとんどの社員は地方在住のリモートワーク。直接顔を合わせる機会が限られるなか、若手メンバーが自分の役割や将来像を描くうえで、森下氏の言葉や存在が大きな支えになっているようだ。
森下氏は、この環境にやりがいを感じているという。AIが選択肢を提示してくれる時代だからこそ、「何を解くべきか」という問いを立てる力が重要になる。「企画から実行、その先の成果までを一貫して見届けるなかで、問いの立て方が変わってきた感覚がある」と語る。
出向だからこそ得られるインサイトがある
なぜ電通ベンチャーズは、出資やアドバイザリーにとどまらず、「出向」を選んだのか。その背景には、外からの関与では捉えきれない、プロダクトと事業のあいだにある“見えない断絶”がある。
出向先で幅広い役割を担いながら、そこで得た知見を電通グループへ還元する森下氏。電通グループの公式オウンドメディア「電通報」での記事執筆に加え、電通とSUSHI TOP MARKETINGが共同で展開する「みんなのあしあと」では、テックリードとしてソリューション開発にも携わる。
同プロジェクトは、ブロックチェーンとAIを組み合わせ、テレビ番組の視聴やイベント参加といった体験から、購買・来店といったリアルな行動までを"ひとつなぎの流れ"として可視化する取り組みだ。すでにテレビ局や金融インフラとの連携事例も生まれており、出向先で培った技術力と体験設計の知見が、電通グループの新たな事業基盤づくりにつながっている。
こうした事例の積み重ねを受け、笹本氏は出向だからこそ得られるインサイトの発見や、学びのサイクルが回っていることに、確かな手応えを感じている。そして、「プロダクトとマーケティングの距離が近づいている今、それらを一体で考えることに意味がある」と指摘する。
「プロダクトを含めた全体デザインへと視野が広がることは、我々にとっても学びが多い。スタートアップも、これまでより一段深いマーケティング視点をプロダクト開発に取り入れ、新たな視野を獲得できると考えています」(笹本氏)
外から支援するのではなく、内側から事業をつくる——。この関係性によって、スタートアップと大企業がお互いに深いレイヤーで学び合い、成長する。出向は単なる一方通行の労務提供ではなく、スタートアップエコシステム全体の進化への有効な打ち手になる。
今後について、笹本氏は「押し付けではなく、まずはスタートアップから必要とされて、電通グループが価値を発揮できる支援であることが大前提」としながらも、「相乗効果があり、世の中に対して価値の差分が出せるような連携を増やしていきたい」と意気込みを語る。ゆくゆくは電通グループのクライアントである大企業のリソースを掛け合わせることも視野に入れ、電通ベンチャーズはAI時代の新しいスタートアップ連携の型作りに挑む。


























